【数え年】  村山榮味子

2016.04.26 (火)

投稿者:村山榮味子 自分を探している心へ

今でも母は数え年何歳という
今では当たりまえに誕生の時を0歳とする満年齢に慣れてしまっていますし、学校でもそのように教わっていますが昭和前半の方以前は数え年を使っていました。
たった数十年前のことですが、この数え年というのは生まれた時を一歳と勘定する数え方でお母さんの体内にいる十月十日は出生前ですがすでに
「人生はその期間に始まっている」
という考えかたで生命の尊さをとても大切にします。
母体の子宮ではわずか0.2ミリにも満たない受精卵が
285日後には数千倍の大きさに成長し、一つの細胞は数10兆個にもに成っています。
生まれてからは成長のスピードは遅く、身長は4年かけてだいたい2倍です。
それでは心はどうでしょうか?
もちろん身体と心は同時に成長していきますので、体内にいる赤ちゃんの一日は、生まれた後の1日よりも何倍も心を成長しています。
母の胎内にあったときすでに個性は創られていると言うこですね。
外の声を聞き、理解し、関わり合い、動く一個の人間としての存在の誕生です。
もちろん五感の能力が成長して感受性、それを伝える力もあります。
母の心音聞いていますよね
胎内で夢見ていますよね
おなかを蹴ることもできますね
なんと神秘的なんでしょう。
母と胎児は別々の存在でありながら一つの絆で結ばれています。
だから胎児はいつも聞いているし感じているし、母が悲しい苦しいと感じればストレートに胎児にも伝わります。
もちろん父親の言葉も感じています。
自分は愛されているかいないかも感じ取れる能力もあります。
だから世の中のお父さん妊婦さんには優しい言葉を聞かせてあげてくださいね
そんなことを考えていると昔の人の知恵は凄いなと感じます。
おなかの中にいるときがやっぱり人生のスタートなんだと感じました。
あなたは数え年何歳でしょうか?
かあさんへ  秋・冬・春・夏
?
昭和35年9月30日
引っ越しが おこなわれた
かあさんは臨月の大きなお腹をしていた 今にも生まれそうである
引っ越しも一覧楽し ホッとした矢先の出来事である
あっいたたた 急に陣痛が始まった。
荷物も布団も何もまだ荷ほどいていなかった。
父は慌てて布団を引き産婆さんを呼びに駆けていきました・・・
ああ、やっとここから出ることが出来る。
この中は温かくて いつも守られていて快適なのだが
どうも私の性分だと いささか飽きてきた 結構退屈である
よいしょ。 よいしょ。
どれ位 進んだだろうか?
ちょっと不安になってきた その時である・・・
向こうの方に 一点の光が見えはじめた。
あっ、あそこに向かって進めばいいのだわ
わたしには その光の向こうに 希望と勇気と愛が見えました。
かあさん もう少しだから頑張って!
もう少し踏ん張らないと・・・
わたし 出られなくて死んじゃうョ
うーん うーん よいしょっと スルッ!
おんぎゃ おんぎゃ
「おめでとうございます。元気な女のお子さんです。」と誰かの声?
産婆さんはどうやら間に合ったようだ・・・
かあさん ありがとう
無事この世に生まれることが出来ました。
それはとても神秘的なこと
それは一億円の宝くじに5回連続で当たるのと同じ位難しい
そんな難関を・・・
そして母さんの所へと導かれ・・・
何かを するために この世に生まれて来ました
まだまだ 一人では生きられません
どうぞ私にミルクを飲ませてください
ここは 十勝新得町 冬はとても寒くしばれます。
木造の平屋 すきま風がビュービュー吹き込んでくる。
かあさんはご飯の仕度を忙しくしていましたね
わたしはヨチヨチ歩き 1歳6か月位の事ですが
まんま まんまと わたしは かあさんをはやし立てて
テーブルを叩きながら ヨチヨチ歩いてましたね
ご飯ですよー
ガッチャーン ジャバー ぎゃーーー
あつい あつい たすけて・・・
テーブルの隅に沸騰した みそ汁が置いてありました・・・
ヨチヨチ歩きのわたしは どうやらひっくり返して下半身に浴びてしまったようです。
あわてた かあさんは 厚着をしていた私のズボンを必死で脱がせてくれました。
するとわたしの皮膚も脱げてしまいました・・・
今思えば あの時ズボンを脱がせないで
水をかけながらズボンをはさみで切っていたなら
こんなに跡が残らなかったのにと・・・
いつもいつも 言っていたかあさん
わたしは大丈夫ですよ! そんな事はもう忘れましたから
かあさん ありがとう
必死で遠く離れた大きな病院に連れてってくれて
たぶん熱くて痛かったと思うけど・・・
わたしは都合がよく出来ていて・・・
嫌な事は 直ぐ忘れるようです。
だから いつまでも気にする事はないですよ
だから いつまでも笑っていてね
ただ覚えているのは かあさんの背中の温もり・・・
ただ覚えているのは かあさんの必死な顔・・・
だから いつまでも気にする事はないですよ
だから いつまでも笑っていてね
わたしが1歳くらいの頃 巷では水疱瘡が流行っていましたね。
案の定わたしもかかってしまいました。
かあさん 熱いよ 頭がボーとする ここは何処?
遠い向こうの方に何かが見える いってみょう。
平原の真ん中に大きな穴が・・・
そっと覗いてみると 小さな小人達が一生懸命働いている。
一体何を運んでいるのだろうか・・・
白い玉 赤い玉 黒い玉 青い玉・・・
色々な色の玉を大きなパイプに投げ入れている。
そう それは まさしく わたしの心臓
ああ 小人達が一生懸命 わたしを救おうと・・・
水疱瘡の菌をやつけてくれている・・・
わたしも頑張らなくては 早く帰えろっと
ただいま そっと目を覚ますと
そこには今にも泣き出しそうな かあさんの顔が
どうやらわたしは死に際をさ迷っていたようだ
あとで聞いた話だが 水疱瘡の菌が血管に入り
もう少しで頭に回り死ぬところだったそうです。
かあさん ありがとう
顔がぱんぱんに張れ おかしいと思ったかあさんが
大きな病院に連れてってくれましたね。
直ぐに喉を切り間に合わなくて
まぶたを切ってやっと間に合いましたね。
いつも ひやひやさせて ごめんね!
これがわたしの人生だから・・・
これも 神様に与えられた仕業だから・・・
わたしは 何かをするために生かされている。
きっとまた 何かが起こるかもしれないけど・・・
その時は 黙って そっと見守っていて下さいね
いつも 心配ばかりかけて ごめんね!
わたしが小学校低学年の頃の 夏休み
とうさんもかあさんも共稼ぎで造林の仕事をしていましたね。
かあさんは なたを持って手を振って歩いていましたね
そのあとを わたしは追って歩いていきました。
こっん! あっ 痛い!
すると 見る見るうちにわたしの手は 血で真っ赤に染まりましたね
なんて事でしょう・・・
わたしが近くを歩いているのに・・・
自分がなたを持っているという事を忘れていたんですか?
なぜ わたしが 切られなければいけないのだろうか?
単なる偶然なんだろうか? それとも悪魔の仕業か?
今回は 顔色一つ変えませんでしたね?
あなたは 一体誰ですか?
やはり 悪魔がわるさをしているようですね
そうやって わたしを試しているんですか?
でも わたしは一筋縄ではいかないですよ!
そう わたしは神様の愛に守られているから・・・
かあさん 心配しなくてもいいですよ!
どんなことが起こっても わたしはかあさんを信じ愛します。
わたしは都合がよく出来ていて
嫌なことは直ぐ忘れます。
だから いつまでも笑っていてね
ただ覚えているのは かあさんの背中の温もり・・・
ただ覚えているのは かあさんの必死な顔・・・
だから いつまでも気にする事はないですよ・・・
だから いつまでも笑っていてね
かあさん こんなわたしだけど ミルク飲ませてくれてありがとう
いつまでも 元気にいてくださいね!
わたしは かあさんの子供に生まれて とても幸せです。
榮味子より
おうちカウセリング

村山榮味子

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